
はじめに
相続や認知症リスクへの備えとして「家族信託(民事信託)」が注目されています。ただし、その普及スピードや活用法は国によって大きく異なります。本稿では米国・英国と日本を横断的に眺め、制度の成り立ち・利用実態・今後の展望をやわらかく整理しました。
1. 米国 ― 「リビングトラスト」が定番化
普及率はまだ限定的
2025年の大規模調査では、米国成人の31%が遺言書を、11%が信託を保有。半数超がまったく準備をしていないという“意外な低水準”が明らかになりました。
なぜ信託が選ばれるのか
最大の動機は「プロベート(遺産審査)回避」。裁判所手続きを経ると遺産総額の最大10%が費用として消えるとの試算があり、遺族の時間とコストを抑えるためリビングトラストが広まりました。
今後の追い風
10年で84兆ドルが動く“グレート・ウェルス・トランスファー”を前に、デジタル完結型のオンライン信託サービスが台頭。若い世代への浸透が加速すると見込まれています。
2. 英国 ― 登録制度が信託を「見える化」
登録件数は73万件超
英政府のTRS(Trust Registration Service)には2024年3月末時点で約73万3,000件の信託・遺産が登録済み。22/23年度は11万5,000件が新規登録と、マネロン対策による“強制登録”が数字を押し上げました。
税制と透明性のはざまで
相続税(IHT)対策としての利用が根強い一方、登録義務化により「匿名性」を期待した富裕層の一部が海外信託へ移行する動きも。規制強化と実務ニーズの綱引きが続いています。
実務トレンド
近年は家族経営企業の株式を“ディスクリショナリー・トラスト”に移し、次世代へ段階的に移転する手法が増加。IHTテクニカルガイドの改訂で仕組みが整理され、専門家の関与が不可欠です。
3. 日本 ― ブームから“定着期”へ
登記件数は5年で約2倍
不動産を信託する際に必要な「土地の信託登記」は、この5年間で件数が約2倍に増加。2023年単年でも前年比116%の伸びを示し、特に首都圏郊外で顕著です。
委託者の42%が80代
家族信託を組成した委託者(財産を託す人)の最多層は80代。認知症による資産凍結対策として“子世代主導”で組成されるケースが急増しています。
制度面の特徴
2007年信託法改正で個人間信託が解禁されたものの、①公的登録の義務がない ②受託者事務のフォロー体制が薄い—という課題が残ります。司法書士や信託銀行がサポートを拡充しつつも、運用フェーズのガバナンスは発展途上です。
4. 仕組み・コスト・活用目的のざっくり比較
| 項目 | 米国 | 英国 | 日本 |
| 主目的 | プロベート回避・節税 | 相続税(IHT)対策・資産保全 | 認知症リスク対応・事業承継 |
| 典型的形態 | リビングトラスト(可撤回) | Discretionary/IIP Trust | 家族信託(委託者=親・受託者=子) |
| 登録・届出 | 州ごとに不要(秘密性高) | TRSへ登録義務 | 登録義務なし(登記は不動産のみ) |
| 専門家コスト感 | 数千~1.5万USD | 設立+維持で数千~1万GBP | 組成30~70万円+年次報酬数万円 |
| 普及率/件数 | 成人の11%が保有 | 73万件登録・14.7万件課税申告 | 登記件数だけで年7千件規模 |
(※金額は平均レンジ。日本は都市部事例ベース)
5. 日本が海外から学べる3つのヒント
運用フェーズのモニタリング
英国のTRS例にならい、受託者の年次報告書をオンライン提出させれば、家族信託の不透明感を減らし、高齢受託者の“孤立”も防げます。
デジタル完結型サービスの導入
米国のオンライン信託作成プラットフォームは、質問フローで自動ドラフトを生成→弁護士が最終チェック、という二段構え。日本でも書面作成と信託口座開設をワンストップで行う仕組みが求められます。
知識普及とフィナンシャル・ウェルビーイング
信託=富裕層向け、というイメージを払拭し、ライフプラン教育の中で「早めの信託」「小規模信託」を紹介することで裾野が広がります。
まとめ
海外の家族信託は「節税・プロベート回避」「AML対策による透明化」など目的が多層的です。一方、日本では認知症による資産凍結という切実なニーズが牽引し、制度は急速に整備されつつあります。今後は
・登記・報告インフラの整備
・デジタル化によるコスト低減
・専門家とユーザー双方のリテラシー向上
が進むことで、海外に負けない“使いやすく安全な家族信託”へ発展できるはずです。
ご家族の将来設計を考える際に、ぜひ各国の事例をヒントにしてみてください。
